魂の声がYESと言うほうへ

赤井理香さん【お別れの会】

2019年3月10日。「はじめよう!おうちサロン」「幸運手帳術」などの著者で、おうちサロン「ペールグリーン」オーナーの赤井理香さんのお別れの会に行ってきました。

一昨年の秋から昨年の今頃まで家族が入院していて散々通った病院の近くの葬儀場でした。入り口の故人の名前の書いてある看板を見ると嫌でも実感させられますね…

中に入って受付をすませると、理香さんの著書や懐かしい写真が飾られてました。

真ん中にはご家族との思い出が。(写真はボカしてあります)

ご自宅でサロンをされていてご自身では「おうち大好きなの」とおっしゃってましたが、たくさんのセミナーや講座も外でされてました。

1冊目の著書「はじめよう!おうちサロン」の出版記念パーティーの際はヘアセットと着付をご依頼してくださり、ご自宅にお伺いしてお支度をしてから会場の渋谷まで一緒に移動したのが懐かしいです。

2冊目の著書「幸運手帳術」の出版記念の手帳術講座に参加した際に知り合った方が、今では私のヘアメイク着付の常連になってくださっています。理香さんが繋いでくださったご縁に感謝です。

たくさんのお花に囲まれた祭壇。

式次第に記載されてたプロフィール写真は以前に私がヘアメイクさせてもらった時のものでした。ずっとこのプロフィール写真を使ってくれてたんだなぁ…と嬉しくなりました。

式次第には大学生の息子さんがお母さんについて綴った想いがメッセージとして載っていて、最後に「ありがとう。愛してるよ」と書いてありました。息子さんにそんな風にいってもらえるなんて素晴らしい親子関係だったんだなぁ…。

中学生の次女さんは歌をしているらしく、バンドを従えて「お母さんが大好きだった歌を歌います」と立派に2曲も歌い上げて。

喪主のご主人はご挨拶の際に涙で声を詰まらせながらお話しされていて、思わずもらい泣き。ご家族にとても愛されていた理香さんなんだなぁと改めて感じました。

喪主のご挨拶の後は1人ずつ献花。5〜6人ずつ並んで祭壇に献花するのですが、皆さん遺影を見つめて何かを語りかけているような…もちろん私も語りかけましたよ。

何年か前に津田沼駅の階段ですれ違った時に私が声をかけて「よく分かったね〜!」と驚いてた理香さん。「今度またゆっくり会おうね〜」と言いながらそのままになってしまっていて今日を迎えてしまった事。

理香さんが亡くなった時はご家族だけでの密葬がご希望ということもあり、外部には知らせなかったそうです。

それでもやはり人の口に戸は立てられないというか、どこからか「赤井理香さんが亡くなったらしい」という情報を手繰りよせようとする方がいらして、私のところにも「何か知らないですか?」と連絡が来ました。

私もここ数年は理香さんと連絡を取っていなかったので本当にビックリして……その時にふと、ある人が数日前にtweetしてた内容が気になって問い合わせてみたのです。

そしたらやはり私の勘が当たっていて、「ご家族の気持ちが落ち着いたらお別れ会を開催するので自宅への弔問は控えてほしいという事」「お別れ会の事はHPに掲載するのでその際は拡散してほしいという事」その2つを伝達するお役目をいただきました。

献花のあと、隣の部屋で精進落としの席があったのですが、1番最初に連絡くれた方とご挨拶をしていたらそこのテーブルの人たちが皆さん口々に「あ、先生…」と、1冊目の出版記念パーティーの理香さんの着物着付の事を覚えていてくれたのにビックリ。

そのほかにもとても久しぶりの方と何人もお会いすることが出来て、理香さんが亡くなってもまだご縁を繋いでくれるんだなと改めて感じたり。

帰る前に祭壇へご挨拶…と思ったらやはりみなさん同じように思っていたらしく、何人か集まっていたので声をかけてみんなで写真を撮ってもらいました。もちろん理香さんの写真も一緒にね。

帰りがけにご主人と少しお話しさせてもらいましたが、最期まで気丈なひとだったようです。とても我慢強く、痛みに根をあげなかったとか。入院した時ですら自分の身体よりもお客様のことを考えていたそうです。

理香さん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね。

和美人お仕立て師 Suzuyo

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP